2008年1月19日鳥獣トゥナイト〜ミックスナッツハウスオブラブパーティ〜

 何年ぶりかで咬む蔵ラーメン(仮名)を食べた。かつてはあんなに美味いと思っていたのにその感動は何処へやら、この日のラーメンは凡庸極まりないお粗末な味に思えた。
 人間の味覚というのは案外いい加減なもので、体調や気分、シチュエーションに左右され感じ方がコロコロと変わってしまう。デビュー時から何かと話題になり、あれよあれよという間に売れっ子になったさる中堅ロックバンドの曲の中に、「ジンジャーエール買って飲んだ こんな味だったっけな」という名フレーズがあり、まさに言い得て妙と膝を打ったものである。

この日のラーメンが心に響かなかった原因が何なのか、概ねは判っている。食す直前にミックスナッツハウスのライヴを観たからだ。俺のようにサブカルチャーの世界に両足をつっ込んでいると稀にある事だが、自分の感覚が受けとめきれない何かに直面した際、自律神経が軽いパニックを起こしてしまい、気持ちのコントロールが効かなくなる。その影響は味蕾(みらい)にも及び、冷静な判断力が棚上げ状態になってしまうのである。
 行列の出来るラーメン屋が誇る自慢の味を、こんなんだっけなと思わせてしまうポップロックバンドのライヴパーティとはいかなるものであったのか。以下は筆者の主観による、雑感に限りなく近い偏ったレビューである。異論のある方は是非とも名乗りを上げて頂きたい。俺がトムなら貴方はジェリー、仲良く喧嘩しようじゃん。

 夜、心斎橋の夜。彼等のホームとも言って良い、ミクナハファンにはお馴染みclub☆jungleは、賑々しく祝祭ムードに満ち溢れていた。『鳥獣トゥナイト〜ミックスナッツハウスオブラブパーティ〜』と冠されたこのスペシャルなライヴショウは、彼等ゆかりのミュージシャン達をゲストに迎えつつ、新メンバーが加入し5人となったブランニューMNHの全貌がついにヴェールを脱ぐ、ファン垂涎のイベントである。
 ミクナハは現在リズム隊が関東組と関西組に分かれており、ライヴによりその編成が異なるのだが、今夜は初のフルメンバーによる演奏が拝めるとあって期待値はうなぎのぼり。さぁどうする林良太、勝算はアリやナシや?負けたらげんまん(ゲンコツ一万回)ね。

 時間も頃合い、ゲスト達のピースな演奏が会場を温め、グッドヴァイヴがたっぷりと充満した最高のセッティングの中、舞台の幕が上がりいよいよ彼等の出番だ。力一杯の拍手で迎えよう。
 「1、2、3、4、5…ステージ上間違いなく青年男子5名確認しましたドーゾ!」…ってな具合にはしゃいでしまう程、そのヴィジュアルは圧巻であった。いつものように色とりどりのカラーボールがぶちまけられた、NHK教育の幼児番組セットさながらのステージ上には、林にヤスイにのむらっちというお馴染みの顔ぶれプラス、東京組ハッシー&けんちゃんという強力面子の爽やか笑顔。せぇので演奏された一曲目『Good-byetheTVshow』のやわらかなハッピーグルーヴに、早くもジワリ涙腺が緩む。こりゃあ今夜もいいライヴになるな、そんな予感が頭をかすめ、そしてそれは現実となる。
 また後でねーという林のひと声により東京組が舞台袖に消え、二曲目からは関西チームによるヒッパレ速射砲。たたみかけるような展開で観客のハートをグッとわし掴みだ。今宵のイベントタイトルでもありjungleに最も似つかわしいガォーなデビューシングル『鳥獣トゥナイト』を皮切りに、観客にコーラスを強制しまくる、林“さでぃすてぃっく”良太の本領発揮の人気ナンバー『ダンスフロア』、リリース時コレはジャパニーズポップス界における事件や!と(俺に)言わしめた、アバンギャルドな曲展開に戦慄を禁じ得ぬセカンドシングル『neon』と続く。
 今宵は演奏も絶好調、その時どきでプレイにかなりのムラがある彼等(特に林!おまいだよ・笑)だが、今宵はハラハラしなくても済みそうである。世話のやけるドラ息子達だが、いつでも危なげなく及第点を取るようなお坊っちゃんバンドなんぞにそもそも興味はない。時には衝動が空回りしたり、メンバー同士の歯車が巧く噛み合わなかったり、MCがダダすべりしたっていいじゃん。ミクナハだってにんげんだもの(恥)。

 そういえば昨年の夏、彼等の関西ツアーを会場を変えて三本立て続けに観る幸運を授かったのだが、セットリストはほぼ同じなのにも関わらず、全日まったくといって良いほど印象が異なっていた。ライヴは生モノとは良く言ったもので、だからこそまた次も足を運ばねばと思わせるのだろう。出来る事ならデッドヘッズやジャニヲタよろしく彼等にくっついて日本国中を行脚したいが、考えてみればまだ彼等は全国ツアーなど行っていないのだった。…それでもドンマーイ♪(『ダンスフロア』より引用)

 5曲目は京都のチンドン娘、バイオリンのショーキーを迎えレコーディング版『チョコレートは止まらない』を再現、会場を和やかな空気が包む。最早ライヴの定番となった得意の食べ物ソング『FoodsofLove』を経て、第一部ラストは超のつく名曲『StandbyMe』でビシッと締めた。
 演奏中は常時ニヤニヤとうすら笑いを浮かべているフロントマン林だが、この曲が始まるや否やガラリ顔つきが変わる。遥か遠くを見つめるような哀しく切なげな表情が露呈するもの、それは彼の抱えてきた深い闇に他ならない。
 林の描く詞世界の多くは、一貫して悲しみやしがらみからの旅立ちについて語られている。この曲もパッと聴きはラブソングの体(てい)をとりながら、やはりどうにもならぬ現状からの脱却が裏テーマとなっている。夢のように甘く切ない描写の本文(キスシーンまで登場のスイートさ!)を、「長く延びた影を振り切るように 今僕等は憧れのバスに乗る」というセンテンスがサンドウィッチ、彼が単なる呑気なポジ思考でない事を伺わせるリリックだ。エイヤと勇気を振り絞り影を振り切らねば光が見えぬ事を、彼は身を持って知っているのだ。曲が終わった直後、得も言われぬカタルシスが会場を支配し、アルコールを味方につけた饒舌な俺達を、ほんのひととき無口にさせた。

 しばしの休憩を挟み怒濤の第二部へ。結果から言えば二部はまさに事件であった。カジュアルファッションからスーツ姿に衣装チェンジした5人は、ウッドベースにアコギにパーカス、マンドリンといったアコースティック編成による『口笛ふいてやっておいで』をムーディーに披露、オトナな時間を演出し観客達を驚かせた。まだまだ奴らの手の内は読み切れぬ。
 続くサードシングル『Flyin'』からは関東チーム3名による演奏に移行したのだが、面白い事にリズム隊が変わると聴き慣れたはずの一曲がまったく別のバンドのもののように聴こえる。殊に関東ドラマーけんちゃんの持つたっぷりとしたタイム感は、性急な印象の浪花ドラマーのむらっちのプレイと双壁を為すもので、性能の異なるふたつのカスタムエンジンを手に入れたミックスナッツハウスの今後が大いに楽しみである。

 それにしてもメンバー5人、揃いも揃って顔が良い。そこでそんな皆のハウメニ〜いい顔を、ちょいと時期はズレたがおでんの具に例えてみよう。
 ヤスイ=はんぺん、のむらっち=鮹、ハッシー=糸こんにゃく、けんちゃん=ごぼう天、そして林=餠きんちゃく…と、俺にはこんな風に見えたのだが、いかがなものだろうか。他にも生活用品や文房具、ライダー怪人など、貴方の好きなものに例えてみよう。彼等がもっと身近に感じられるゾ!

 …話を屋台からjungleへと戻す。次の曲のイントロが鳴り始めるや、デジャヴュにも似た感覚が俺を襲う。これはもしや林の前身バンド、リトルハヤタ後期における屈指の名曲『君のことパート2』ではないか!当時の思い出が一瞬にしてクリアに甦り、血が沸々とたぎり始める。京都の老舗ライヴハウス磔磔のステージで初めてこの曲を耳にし、本人を前に大絶賛したのが昨日の事のように思い出される。
 林と俺、ここ何年かのお互いの紆余曲折がイメージの中で交信しあい、今ここにこうして辿り着いた幸せを改めて噛みしめる。心の奥深くにしまい込んだ蒼い記憶、その若さゆえの恥部を否応なく呼び起こすフラッシュバック装置として音楽は時に残酷だが、我々はそれすらも笑い合える心の強度を手に入れつつある。ポップの魔法が俺達を鍛え上げているのだ。
 バンドが解散と結成を繰り返すとき、犠牲になるのは産み落とされた楽曲たちである。過去に執着したくないからという便利な言い回しにより、数々の名曲が闇へと葬られていった。この広い宇宙のどこかに確実に存在する名曲墓場、カラオケボックスに集う歌の亡霊達(涙)。
 以前に林にその旨の無念を打ち明けた折、そうやなー、曲に罪はないもんなーという答えが返ってきたが、今宵こういう形でダイレクトアンサーを頂けるとは…ただただ感動である。そうだ、悪しきこだわりなんざクシャクシャに丸めて蹴っ飛ばして、とことん楽しもうぜ兄弟。

 そしてまたしても衝撃が走る。新曲『BLUEWAY』は、扇情的なギターリフが特濃なサイケデリックポップの金字塔。ミクナハ音楽はめくるめく新基軸の宝庫、なんぼ程深い懐なのかこの子らは。新鮮な驚きをコンスタントに提供し続ける事こそポップ求道者の使命であり、それを実践している彼等はやはり只者ではないのである。
 ある種の達観と蒼さが同居するバリバリのジャパニーズ歌謡ロック『東京』は、林の敬愛するサニーデイサービスへのオマージュか。ここでもやはり「不安と苛立ちのその向こう 見えるかな…見えないよ それでも歩いて行くよね」というディープな表現が用いられ、彼のシビアな現状認識が垣間見える。
 次のシングル候補曲『トワイライトドーナッツ』、いくらでも深読み可能な歌詞により聴き手の発想力が試される『CountryBoy』と続き、ついにのオーラスはミクナハの可愛いやんちゃぶりが遺憾なく発揮された『CharmedUp!』で決め。ギターをスタンドに立て掛け丸腰になった、ちょっと頼りなさげな林によるヘタッピーなトランペットが愛敬たっぷりに会場に響きわたり、嵐の第二部に幕が下りた。客席に咲き乱れる笑顔の花また花、鳴り止まないアンコールの拍手。
 照れ笑いを浮かべながら再びステージに集結した全員による『H.I.C.'06』はミクナハ流新生活応援ソング。林が憧れのバスに乗り東京に引っ越してからどのくらい経つだろう。当時は関西に奴がいなくなると淋しくなるなと思ったものだが、結果はむしろ逆であった。俺達の関係性は今のほうが密になったように感じるし、林の暮らす東京と俺の暮らす京都が、どこでもドアよろしく時空を越えて繋がっているのでは、なんて気すらしているほどだ。お互いを繋ぐポップの魔法はこんなところにも生きている。
 今夜林良太は、溢れんばかりの表現衝動を彼が考えつくあらゆる形でもって力いっぱいオーディエンスにぶつけてきた。その過剰なほどのピュアネスの根底に横たわっているもの、それは再三言っている通り現状への憤りであり世界への不満である。そんな彼を彼たらしめたもの、それは紛れもなくカウンターカルチャーの啓蒙とロックンロールの洗礼である。まだ右も左も判らぬ物心ついた少年が、世界との違和を強烈に意識するとき、その後の道はドロップアウトもしくはペシミスト化のいずれかに転びがちだ。だが彼の選んだ道は「俺がなんとかしちゃる!」という、前向きで力強い選択肢であった。彼を絶望から救った様々なカルチャーへの愛と感謝の念が、彼の意志の力を育んだのである。
 綿々と連なるポップの歴史の一頁に、才気溢れる音楽家として彼もまた名を残す事だろう。そして後からやって来る心ある者達に、「俺もやったるで!」な勇気を与えるに違いない。

 …そんな感慨に耽っているうちに仏恥義理のライヴショウは大団円のエンディングを迎え、一列に並んだ5人が手に手を取り合い客席に深々と頭を下げている。そのシーンの余りのハマり具合にあたかも解散ライヴを見終えたような錯覚を覚えたが、いやいやどうして彼等にとってここからが始まりなのだ。道は決して平坦ではないが、こいつらなら大丈夫だろう。ミックスナッツハウスがブレイクする時、灰色のこの世界はカラフルに変わるかも知れない。ステージ上から客席にこれでもかと投げ入れられる、赤や緑やオレンジ色のカラーボールのように。

 帰宅途中の電車の中、頭の中はまだ混乱していた。喜び、哀しみ、焦り、寂しさ…様々な感情が首をもたげてくる。こんな感じは本当に久しぶりだ。彼等への確固たるシンパシーと、またしてもやられた!というジェラシーが脳内で拮抗し、俺の心をざわつかせている。ミックスナッツハウスの音楽はこれから先もずっと俺を奮わせ、同時に打ちのめすだろう。優れた表現とはそういうものだという事を、ポップに魂を売ってしまった俺達は既に知っている。
 そうだ、大好きな咬む蔵ラーメン(仮名)には、心が穏やかな時に改めて行こう。スケジュールが許すならミクナハメンバーも誘ってみようか。ラーメンにうるさい林の事だ、きっとああだこうだと語るんだろうな。関西ライヴ、次は四月か。『桜の集い』が聴けるかな。
<了>

 お詫び:最初にお断りしていた通りと言いますか、今回のレビューには林と筆者との個人的な関係性に端を発するような表記が随所に見られ、客観性がぽっかり欠如しております。よってライヴレポートとしては不完全であり、関係者の皆様や熱心なファンの方々には不快な文章だったかも知れません。しかしながら、体裁だけ綺麗に整えた心無いレビューよりかは遥かにマシかと思い、支離滅裂な文章ではありますが発表させて頂きました。何とぞご理解くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

マサモトススム