『恋と苦悩の計算式〜ミックスナッツハウス・デビュー三周年に寄せて〜』

ライブ会場で手売りされている、ミックスナッツハウスのオフィシャルコレクターズブートレグ(笑)『さよなら?ブルーウェイ』が鬼凄い事になっている。彼らの表現世界の奥深さがじっくり体感できる、革新的にポップでアブナい名盤だ。
 気になるその内容は―。ライヴでの鉄板曲「ヘイ!タクシー」のラップパートで幕を開け、アルバムタイトルの元にもなった大傑作ナンバー「ブルーウェイ」の、サイケデリックフレーヴァー溢れる濃厚なギターリフへとなだれ込む衝撃トリップ。そしてたたみかけるように連続する、メンバーが五人となって初の1stアルバム『グッバイ・ザ・TVショウ』収録曲からのアナザーバージョンピックアップ。カラオケ、リミックス、アウトテイクと、ファンには応えられぬ濃縮還元三連発の洪水に鳥肌は必至。
 そのフリーキーなサウンドデザインと、過剰なまでの実験精神には頭が下がるところだが、おれが彼らに最も才を感じるのは、ぱつんぱつんに高密度かつ「実のある」作風にも関わらず、聴き手が首をかしげるようなディープゾーンには決して逃げ込まずに、軽々とした汎用型ポップスとしてサラリと聴かせてしまうところだ。どっしりとした食べ応えなのに胃にもたれない、三つ星シェフによる無国籍風創作料理といった趣きか。

 ともあれ表裏一体とも言える二枚の近作アルバムが雄弁に物語るように、五人編成になった彼らが、まだ手つかずのポップの金脈を掘り当てるため、めくるめく航海に出た事は明白であった。バンドの表現力は格段にアップし、作風は緩急自在のバラエティーに富み、メンバーが楽曲に応じて入れ替わり立ち代わり演奏するライヴショウを体感すればまさに「TVなんか見てる場合じゃなーい!!」と本気で思えるのだった。

 …が。

 「ごめんなさい!」
 2009年3月27日午後8時30分。三年前事実上のライヴデビューを果たしたゆかりの地、京都の老舗ライヴハウス・拾得のステージ上で、林漁太をはじめとする野村、安威のミクナハオリジナルメンバーの三人は、彼らの三周年記念を寿ぐため集まった耳のあるポップアディクト達に向かい、深々と頭を下げたのであった。
 「え〜僕たちこれまで関東メンバーと関西メンバー、合わせて五人で頑張ってきたんですけど、(ゴニョゴニョとこれまでの経緯を語り終えたあと)……三周年を期に、もとのメンバー三人に戻りま〜す。」
 客席中を軽いざわめきと苦笑が席巻する。おれはというとあぁ、またこの感じかと思った。

 思えば林漁太は、10年以上前、奴がまだ学生時代に知り合って以来ずっと、自分の世界を完全表現出来うるパーマネントなバンドのかたちを模索する苦悩と闘ってきたように思う。湯水のごとく湧き出る彼の音楽的アイデアを実現するために、林はメンバーを変えバンドの形態を変えながら試行錯誤を繰り返してきた。
 ミックスナッツハウスを林を軸として関東/関西にそれぞれの活動拠点を置く2:1:2編成にしたのも、バンドの活動が少しでも風通し良くなればと、そしてまた表現できる音楽の幅が少しでも広がればとの思いがあればこその事だった。
 しかしながら得てして何事もそううまく転がる訳ではない。諸事情や物理的困難により、林が舵を取る船は暗礁に乗り上げてしまった。しかし、である。

 「パォ〜ン!間奏で〜す!カンソウはメールで送ってくださ〜い…ってその感想じゃないよ〜!!!」

 メンバー脱退というショッキングな報告を受け戸惑う客席をよそに、ステージ狭しと駆けまわり嬉々としてはしゃぐ“新生”ミックスナッツハウスの勇姿を目のあたりにして、何ひとつ心配はいらない、そう確信を持った。いつも通り、否、当社比20%増しでプリチーなビジュアル、アグレな演奏。もう決して若いとは言えない三者だが(失礼・笑)、こっからが勝負や、やったるで!…と言わんばかりの勢いがある。幾多のライヴをこなしてきた経験が、彼らをちょっとやそっとの逆境では折れないプレイヤーに成長させているのだ。
 中でもフロントマン林の、すっかり堂に入り、安定感さえ漂わせたステージングは余裕釈々……と言いたいところだが、奴はこの日も必死だった。

 林漁太の脳内には、伝えたい、否、伝えねばならない「気分」が確かにあり、奴はそのイメージをライヴショウに散りばめることに惜しみない力を注ぐ。その必死のキラキラは個人のハートを直撃、結果ファンたちにとって「みんなの」ではなく、「私の」ミックスナッツハウスという、至福の図式が出来上がる。そのカンジを言葉に置き換えるのはなかなか困難だが、もっとも近いのは「恋」かも知れない。

 たとえば遡って昨年の11月15日。神戸三ノ宮にリオープンした旧き良きオトナの社交場・クラブ月世界で行われた、あの堂島孝平presentsよるオールナイトイベント『サモタノシゲーナ』のステージで、若い女のコたちのパワフルな声援をいっぱいに浴びたミックスナッツハウス。
 初期の代表曲「チョコレートはとまらない」の間奏パートで、いつものように観客のひとりにピックを預け、ギターを丁重に差し出す林。突然の出来事に困惑し「何?どーすんの?」なリアクションのまま周囲の仲間たちに促され、6本の弦をおそるおそる撫でる女のコ。スピーカーからは彼女の奏でたぎごちない和音が溢れ出し、周囲からやんやの喝采が沸き上がる。照れる女のコの健闘を讃えるのは満面の林スマイル、果たしてカレとカノジョのドキドキ関係は完成した。ポップの魔法が後押ししドキドキが恋心に変わったら、彼女はこの瞬間からミックスナッツハウスのトリコである。キラキラデイズの始まりだ。

 あるいは拾得公演の翌日、大阪は阿波座マーサでの、林の盟友・杉野清隆とのシリーズイベント『口笛ふいてやっておいで』での一幕。客席最前列に座っていたファンの女のコをピンポイントでいじりたおし(ライヴが始まるや否や、今日は君を重点的にいじってくぞ!とあからさまに公言、キメポーズの度に視線を送ったり彼女の膝に腰掛けたり・笑)、当人をメロメロにする傍ら、他のファンのジェラシーをあおってゆくプレイボーイぶり。
 かくいうおれにもさらりアプローチ。MC中、この日の昼間おれが林に送ったアルバム感想メールが嬉しかったという公然レスポンス、こういう返しはファン(兼サポーター)冥利に尽きる。まったく憎いオトコである。

 話がとりとめなくなってしまい申し訳ない。このような拙文にも目を通してくれている奇特な貴方は、相当気合いの入ったミクナハファンであり、同時に重度のポップホリックであるとお見受けする。「人間ってもっとポップ」なる必殺フレーズを世に問うたのは林とも親交の深い豊田道倫だが、そのメッセージをいま最も体現しているのがミクナハであり、そんなバンドとは滅多に出会えるものではない。
 パーン(クラッカー音)!!おめでとうございます。貴方はミックスナッツハウスを選んだ時点で、ポップの神様に選ばれました(拍手)。これからも末永く彼らをよろしくお願いします。レーベルが変わろうがメンバーが抜けようが、バンドの中枢、林漁太の音楽愛が冷めぬ限り、ポップで世界を変えたいという奴のハートが折れぬ限り、航海はまだまだ続きます。

 最後にひとつ他愛のない遊びを。この度のメンバーチェンジを計算式に表すと、(3+2)−2=3となる。この3という数字を時計と逆回りに90度傾けてみよう。ハートの形に似てはいまいか。幾分強引なシメではあるが(苦笑)、日々をポップに暮らすにはこういう思い込みは必要だ。ミックスナッツハウスが教えてくれた。
 彼らがピカピカの船にハートをいっぱい積み込んで、キラキラの笑顔をふり撒きながらあなたの港へとやって来たら、どうか駆け付けてやってほしい。本当にTVなんか見てる場合じゃなーい!のだ。<了>

 2009年4月吉日